美しいということ
美しいということ。これほど曖昧で明確に言葉に表そうとするのが難しいものではないかと思う。勿論、「美しい」に限らずある意味、人間の本能的な部分に触れる物であれば訴えることが容易ではないし、「美しいの答え」が多岐に渉るのも当然至極。
「綺麗な風景の画像」 それは数多の人が撮り続けてるし、自分はそれを否定する権利も無い。と言うか、「美しさを訴える」という点で、自分には逆に敵わないと認識させてしまう。
自分の写真の多くは「出会ったら誰にでも撮れる」。そんな写真ばっかりかもしれない。
でも・・・・・・・「表現とはいかに自分が気付くか。いかに見てもらいたい物に出会い、対面するものを自分の心を共有できるか」と思える。
自分はまだまだかも知れない。見せる側の意見かも知れない。
でも・・・・・、やっぱり「自分の見てもらいたい物」に共感してくれるってのを体感すると、これ以上の喜びはないんだよ・・・・・
だから、明日も「共感してもらえる表現」を目指して精進する・・・・・・